• 東久留米交響楽団/Higashikurume Symphony Orchestra

    グリーグ/劇音楽「ペール・ギュント」

    〜 「ペール・ギュント」-その知られざる冒険譚- 〜

    「ペール・ギュント」原作者について

     戯曲「ペール・ギュント」の原作者であるノルウェーのヘンリック・イプセン(1828~1906)は「近代演劇の父」と称され、英国のシェイクスピア(1564~1616)以降、その作品が世界で最も盛んに上演されている劇作家の一人と言われています。
     イプセンの劇は、当時の家庭生活や礼儀についてのヴィクトリア朝的価値観《悪の力に立ち向かう高潔な主人公、善が幸福をもたらし不道徳が苦痛をもたらすという、道徳的な常識論》が主流であったヨーロッパの価値観に挑戦し、その幻想を打ち砕くもので、同時代の多くの人にスキャンダラスと見做されました。この点で、1867年イプセンが39歳、創作の頂点にあった時の作品であり、主人公が放蕩の限りを尽くす「ペール・ギュント」はその典型的な例の一つと言えます。
     イプセンの劇作品についての評価は現代ではすっかり改められ、2008年にはノルウェー政府により「国際イプセン賞」が創設され、演劇の世界に新たな芸術的潮流をもたらした個人・機関・組織に隔年で表彰されるまでに至っています。ノルウェーの1000クローネ紙幣にはイプセンの肖像が描かれていました。

    「ペール・ギュント」について

     破天荒な性格の主人公・ペールが20歳で故郷ノルウェーを離れ、主として北アフリカ~アジアを遍歴し、様々な女性との出逢いや別れを経験し、莫大な富を得たり、それを騙し取られたりといった波瀾万丈の冒険譚です。その後、すっかり年老いたペールは財産を船に積んで故郷に帰還しようとしますが、嵐に遭遇し船は難破。何とか故郷に辿り着くも、無一文となり何もかも無くしますが、故郷でペールを待ち続けていた、ペールに無償の愛を捧げた女性・ソルヴェーグの膝に抱かれ「子守唄」を聞きながら永遠の眠りにつきます。

    「子守唄」の日本語訳は次の通りです;
       おやすみ 私の愛しい坊や!
       揺らしてあげましょう、守ってあげましょう
       坊やはおかあさんの膝にすわっています
       ふたりはこれから一生一緒に遊ぶのです
       坊やはおかあさんの胸で休んでいます
       これから一生ずっと、神様があなたを祝福しますように、私の喜びを!
       坊やは私の胸のすぐそばで寝ています
       これから一生ずっと、坊やは今疲れています
       おやすみ 私の愛しい坊や!
       揺らしてあげましょう、守ってあげましょう

        出典:梅丘歌曲会館「詩と音楽」https://www7b.biglobe.ne.jp/~lyricssongs/TEXT/S1342.htm
    (出典元の掲載許可済)

    グリーグという作曲家について

     スウェーデン統治下のノルウェー・ベルゲンで生まれたエドヴァルド・グリーグ(1843~1907)はデンマークのコペンハーゲンに居住していた20歳からの3年間、作曲家として名を上げるとともに従妹でソプラノ歌手のニーナ・ハーゲルポップと出逢い結婚しました。グリーグが作曲した卓越した歌曲はほぼ全て彼女のために書かれたと言われています。
     グリーグは34歳から64歳で没するまでノルウェーのベルゲンで暮らし、同地の自然と海をこよなく愛していました。また、優れたピアノの演奏技術を持っており、各国を演奏旅行して回りました。なお、ノルウェーの旧500クローネ紙幣にはグリーグの肖像が描かれていました。

    「ペール・ギュント」の音楽について

     当初は劇場での上演を前提とせず書かれた戯曲でしたが、その後上演される運びとなり、イプセンから劇付随音楽作曲の依頼を受けたグリーグは、その冒険物語に困惑し難渋しつつも1875年に完成させます。
     翌年のパリ及びオスロでの初演では大喝采を浴び、パリやコペンハーゲンでもたびたび上演され、グリーグの世界的評価を不動のものとした作品となりました。
     その後1891年に全曲版から作曲者によって「第1組曲」が、1892年に同じく作曲者によって「第2組曲」が編曲され、現代ではこの組曲版が広く演奏され親しまれています。
     なお、それぞれの「組曲」では原作のストーリーは必ずしも重視されてはいません。たとえば、「第1組曲」の1曲目の「朝」は、原作の冒頭の頑丈な体格をした20歳のペールではなく、原作の中盤、中年となり立派な服装の紳士となったペールがアフリカのモロッコで迎える朝のシーンです。
     10月18日の市民文化祭特別公演では、「第1組曲」・「第2組曲」の全曲に、前述の通り原作では最期を迎えるペールを癒す「ソルヴェーグの子守唄」を加えた計9曲を取り上げ、ナレーションを加えて、原作の戯曲の順序で演奏します。
     「ペール・ギュント」のストーリーと、イプセン&グリーグが創造した世界観をお愉しみいただければ幸いです。

    文責:MN(Hr)

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